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サンテリ・トゥオリ「命のすみか」

―森、赤いシャツ、東京ー
2009.9.9~27

2008 年にニューヨーク近代美術館(MOMA)で、今年6 月にはバーゼルのアートアンリミテッドでも展示を行ったフィンランドを代表するアーティストのひとり、サンテリ・トゥオリの日本初個展をスパイラルガーデンにて開催しました。

サンテリ・トゥオリは、ポートレイトや写真そして映像の関係に、常に新鮮なまなざしを向けてきました。法律を勉強しながら美術表現について学び、写真表現からスタートした彼の初期の作品には、盲目の男性が音によって認識するある場所を撮影した、写真と音のインスタレーション作品「Blind City」(1999)や、作家不在の部屋にいる人物を2 秒ごとに1 時間撮影し、その静止画を並べた作品「Julia」(2001)/「Elisabeth」(2002)など、写真表現の実験的な過程が見られます。

作家の基本的な興味は、ポートレイトはいかにして存在するか、どのような要素で構成されるのか、ということにあります。写真によってアイデンティティは再生されるのか、それとも予期せぬものが表出されるのか。アーティストとしてのキャリアをスタートさせるころ、監獄の写真を研究していた彼は「法律はある意味、写真の研究の一部である」、また「法律と作品制作はその厳格さに於いて酷似し、どちらも法則に依る所が好きだ」と言います。ポートレイトはいかにして存在するかという問題は、写真家と被写体そしてカメラの間の複雑な力の関係を含んでいるといえます。

本展では、子供が懸命にシャツを着ようと試みるシーンを撮影した代表作「Red Shirt」(2003)、フィンランドの離島で約3 年をかけて撮影された最新作「Forest」(2009)、そして本年5 月に行ったアーティスト・イン・レジデンスにて、都内の小学校を舞台に撮影された3つの新作「SPORTS LESSON RELAY1」「SPORTS LESSON STRECHING」「MORNING BREAK」も発表されました。

■ 開催概要

主催:株式会社ワコールアートセンター
企画制作:スパイラル
助成:FRAME
協力:遊工房アートスペース
後援:フィンランドセンター、フィンランド大使館

■ プロフィール
サンテリ・トゥオリ/Santeri Tuori
1970年 フィンランド・エスポー生まれ。
1999年 ヘルシンキ大学法学部修士課程修了。
1999年~2000年 国立ベルリン美術大学に留学。
2003年 ヘルシンキ美術デザイン大学修士修了。
現在、ヘルシンキ在住。

【作品について】
2004 年、ヘルシンキ市内にある、かつてノキアの電線工場だった跡地をギャラリー、劇場、アーティストのスタジオ等にリニューアルした巨大なアートセンター「ケーブルファクトリー」で、フィンランド人アーティスト、サンテリ・トゥオリの作品と初めて出会った。それは、壁面に大写しされた子供の映像で、ただひたすらに赤いシャツを着ようとする子供の姿を定点から撮影した動画であった。4 分半程の短い作品なのだが、子供であるが故に上手くシャツを着る事も出来ない姿に、手に汗し、そして着用出来たその瞬間、達成感に高揚し、映像と一体化した自分自身に驚いた事を、今も鮮明に記憶している。とても、感動したのだ。フィンランドと言う特殊な環境がそうさせたのかもしれないが、大げさにいうなら、この子の行く末や己の過ごして来た時間、そして、人生と人類に託された生命の意味について逡巡させられた事に驚きと喜びを覚えたのである。


グローバリゼーションという言葉は90 年代から盛んに用いられるようになった。ソ連崩壊とともに訪れた、イデオロギーではない新しい価値観の模索と共に、アメリカなど経済大国対その他の局所的地域の対立軸の中で語られる。ヒト、モノ、カネが国境に関係なく流通を始め、価値観が平準化し、貧富の差が無くなり、平和が訪れる、というものであるが、現実はそう簡単にはいかない。勝者と敗者が生じ、やがて貧富の差が生まれ、各国独自の文化が損なわれ、競争によって相互扶助の精神が損なわれる、といった批判も在る。我が国も勿論例外ではない。そうした中、国内では道州制による経済と地域特性を活かした自立のための議論が盛んに行われ、世界では都市自身が地域の特質を活用した新しいコンテンツを生み始めている。そうした時にがぜん注目を集める事になったのが、高福祉高負担で有名な北欧の国々の社会の有様である。自国の風土、環境、文化を深く愛し、向学心に溢れ、社会そのものへの投資を惜しまない、そんな姿が、環境問題への目覚めと共にライフスタイル、という言葉に乗って注目を集めたのである。詳細は他に譲るが、とりわけ、歴史的に周辺各国からの迫害と占領に耐え抜き、今なおオリジナルで在り続けるフィンランド人のマインドには学ぶべき点が多いし、そこから産まれる美しく、上質で強度を備えた数々のクリエイティブには大いに関心が在る。また、ほんの30 年程前までは、日本にも存在した、人間味溢れる常識を発見するのである。つまり、盗みや殺人はいけない、他人を傷つけてはいけない、公共の精神や、誰もが幸福となる権利を有するとか、ごく普通の、言葉にせずとも理解されていた当たり前の事、常識。


サンテリ・トゥオリは学生時代、法律を学び、弁護士資格を持つという、アーティストとしては特異なプロフィールの持ち主である。彼曰く、作品制作のプロセスの中でアーティストが遭遇するあらゆる場面で求められる美的な基準と、法律の持つ厳密さと厳格さは似ていると言う。それ故、アーティストとなる為に法律について学ぶ事は必要な手続きだった、と語る。作品は写真と映像の表現である。対象は人物、滝、森、といった自然に存在するモノ。それらを真正面から等身大で切り取る、正にストレートな表現である。彼を特徴付けている表現と言えば、モノクロームの写真に同アングルで撮影された動画をオーバーラップさせて見せる技法である。時に、その作品に臨場感のある音を添える。新作はスウェーデンに国境を接する小島「チューカラ島」の森を撮影した作品である。彼は、家族を伴い、約3 年間この島に通い詰め、本作品群を漸く完成させた。風に吹かれる木々が自然のただ中で変化する姿と、四季折々の表情を見せるものの、そのものを見つめる静かな視線だけが在る。ストーリーは無い。故にドラマチックでも無ければ、ロマンティックでも無い。目を凝らして見なければ、変化にも気付かないほどだ。ただそこには眼前に広がる森が在るだけだ。あたかも、純粋な生命が、過去も未来も、儚くも永遠普遍で其処にあるかのようである。


アーティストは今も昔も普遍性を求めて表現している。いや、それが芸術表現に課せられた最重要な使命なのかもしれない。しかし、そこには大変な困難を伴う。なぜなら、幸福や愛は目には見えないから。彼の仕事からは、共通の世界観の創造ではなく、新たな価値創造ではなく、もっと普遍的で今日の社会が渇望する、人間の幸福についての注意深い眼差しを感じる。


2009 年7 月
スパイラルチーフキュレーター
岡田 勉

【サンテリ・トゥオリへのインタビュー】


Q.まず写真に興味を持った理由を教えてください。


A. 普段から写真を撮っていたので、写真表現に興味を持ったのは自然なことでした。大学の法学部在籍中にも写真を撮っていて、劇場や新聞社でアルバイトのような仕事もしていました。法学部で4 年間学んだ後、2 年間アートスクールに通い、それから1 年間法学部に戻った後にアートスクールを卒業しました。法律を勉強しながら写真に関心があったことから、 "mug shot"(犯罪容疑者の顔写真)に興味を持ち、修士論文では監獄で受刑者を管理するためにどのように写真が使われ始めたのかについて、歴史的に研究しました。それと同時に、写真に何が起こったのか、人々が写真を見ることにどのような影響をもたらしたのかついても学びました。ある意味、法律は私にとって写真の研究の一部なのです。


Q.静止画と動画を重ねるというアイディアはどこからきたのでしょうか。


A.「Elizabeth」という作品で、1 時間の間、2 秒ごとにモデルのスチール写真を撮影しました。約2000 枚のスチール写真を重ねてアニメーションのように少しずつ動かしてみると、人物のある部分は動いているけれども、ある部分は止まっている。静止画と動画の間の境界線が曖昧になりました。そこで、スチールと映像を重ねてみたらどうなるだろうというシンプルな興味を持ったのです。その方法によって、実際に何が起こるのかわからなかったのですが、やってみるととてもしっくりときて、作品の可能性も広がったと思います。


Q.自然をテーマにした作品、最新作の「Forest」や、滝を撮影した「Water Fall」は、展示の際、スクリーンに実物大に投影するようにこだわっていると伺いました。また音もリアルに再現されています。実物の際現を意図されているのでしょうか。


A.「Forest」も「Water Fall」も、実際に存在するそのままのものを再現するのではなく、作品としてのイメージを表現したいと思っています。「Water Fall」を例にとっても、実際に見える"滝"のイメージと、作品に現れたイメージは異なります。そして見る人が「Water Fall」の映像を体験して感じ取るイメージも違う。実際に在るものと見えるもののイメージは異なるのです。


Q.作品制作のベースとなるコンセプトはありますか?


A.その作品を制作している時々で異なるので、どの作品にも共通するコンセプトというものはありません。あえていうのであれば、基本的な関心の対象は人間にあります。鑑賞者は映し出されているものを見て、そのイメージの上に自分を映し出します。私自身は、モデルや彼、彼女らのアイデンティティについて考えるけれども、作品を撮影している時には、モデルに自分自身を投影している、モデルを見て思い起こされる自分自身の経験を重ね合わせているのです。それは最新作「Forest」にも共通していえることかも知れません。森を見ていると森が生きているように見える。私が森を見ているのだけれども、森が私を見ているとも感じる。森を見ながら、自分を見ているように感じるのです。そういう風に眺めていると、森と人との関係も違ったようになっていくと思うのです。


Q.スパイラルの空間は、アトリウム(吹き抜け空間)、カフェに面したギャラリー、青山通りに面した2 階に抜ける階段部分と、スペースごとに特徴があります。展覧会の会場構成では、どのようなところに留意されていますか?


A.スパイラルは、(展示を考えるのに)とても難しい空間ですね(笑)。アトリウムでは、正面からだけではなくスロープを上がっていく人の眺めも考慮しています。ギャラリーではカフェからの視線を意識し、階段部分は大きなガラス面があるので透けて建物の外からも見られるようなものを考えています。


2009 年5 月

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