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Spiral Curator's Column

「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」最終章、 アートとクラフトで町はどのように変化していくか

文 : 大田佳栄(おおたよしえ)


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愛媛県松山市といえば、夏目漱石『坊っちゃん』の生まれた町であり、正岡子規の故郷であり、大江健三郎が高校時代を過ごしたところ、というように、書物を愛する人には垂涎の“文学”を特色とした情緒豊かな町である。なかでも市中から路面電車で行き着いた先にある温泉街・道後にいたっては、湯治場としての歴史ははるか日本書紀にまで遡り、クラシカルな雰囲気はさらに深まっていく。

地方行政などと協働してまちづくり事業も多数手掛けるスパイラルが、この町に足繁く通うようになったのは2013年のこと。重要文化財としても公共温泉浴場としても愛されてきた「道後温泉本館」の改築120周年のお祝いをするにあたって、道後という町に“文学”“温泉”などに加え、新しい価値 “アート”を加えたいと依頼をされたからだ。いくつもの歴史物語が存在し日本最古と言われる温泉地の誇りを継承する町衆へのアプローチ。同時期に多数立ち上がった他の地域芸術祭との差別化。東京で「生活とアートの融合」を謳い、活動してきたスパイラルの矜持。これらをかみあわせながら発信した「道後オンセナート2014」は、混然とした湯の町に適度な違和感と適度な親近感をもたらす、純度の高いアート&エンタテインメントなお祭りに仕上がった。翌年「女子旅」NO.1というタイトルを獲得し、まちづくりの始まりとしては上々のスタートだった。

あれから10年、規模の大小はありつつも、この町はアートの取り組みを止めることがなかった。やがて旅館や商店街の多くは改装や建て替えを受けておしゃれになり、団体旅行客向けの観光地のポジションから、家族連れやカップル、若いグループ旅行者であふれる町へと変貌した。一方で、各々の取り組みが瞬間的な賑わい作りに寄与するだけでよいのか?という疑問も湧きつつあり、2014年にこの地を去ったわたしたちが、この町のアートを次のフェーズに移行させるための企画づくりをするという難題に向き合うこととなった。折しも、世界中でコロナが猛威を振るっていた。人と人の分断が進み、経済が鈍化し、どう生きるべきか、わからなくなるなか打ち出したのは「みんなの道後温泉」という概念。初年度はアーティストと地域の語りあいの場を増やした。2年目、「いきるよろこび」をテーマとし、アーティストの出番によって町を開く「道後オンセナート2022」を開催。そして今年「道後アート2023」が始まる。

日本全国どの地域においても、それぞれの特性をもった豊かな自然、文化資源、人材にあふれている。これからの道後におけるアートは、豊かな対話を生み出し、その地域だからこそのものを人から人へと巡らせる媒介になる、というのがわたしたちからの解となる。テーマは「アート&クラフト」だ。

まずは町を舞台にした「クラフトミュージアム」。点在する旅館やホテルのロビーと商店街の店舗の一角を展示室と見立て、多様なバックグラウンドを持つ4組のクリエイターが掘り起こしたローカルなクラフトに親しむ回遊型の美術館だ。新たに商品開発することで地域産品のアップデートを図るケースもあれば、存在消失しかけていた文化遺産を掘り起こす取り組みもある。学びもあれば、お土産として買うもよい。そしてそのミュージアムに内包される特設展示が「U.F.O.-Unidentified Fabulous Object(未確認工芸物体)」展。松山の生産者も一部巻き込んでの超工芸的技術を讃えつつ現代美術作家たちの社会に対する眼差しがあふれた作品を見ながら、有用無用の芸術について語り合う機会としていただけたらと願う。秋には日本中から取り寄せられた逸品がひしめき合うクラフトフェアもあれば、パフォーマンスなどのイベントもご用意。そして、それら無数の取り組みをつなぐ町のシンボルとして、大竹伸朗/蜷川実花/エマニュエル・ムホーら3名による堂々たるインスタレーションが待ち受けていることも忘れてはならない。

道後湯之町の初代町長である伊佐庭如矢は、「百年先にも、他所が真似できないもの」を目指して道後温泉本館を改築した。いまは、町の全員がその継承者として他者との対話をはじめ、それぞれの手元で100年続くものを作り始める。ひとびとの煌めきは町の表情を変え、それが周囲へとにじみ出ていくから陽気で楽しい。みんなで作る今年の道後で、歩いて、しゃべって、食べて、買い物して、ぜひ心ゆくまで楽しんでいただきたい。

大田佳栄(おおたよしえ)
スパイラルキュレーター。一橋大学法学部卒、神戸大学大学院文学研究科西洋美術史学科修了。情報誌の編集者を経て、2001年 同社入社。2004年より館内外のアートプロジェクトを多角的に推進、現代美術を軸にした展覧会・フェスティバルのキュレーション、国際事業推進などを担う。 2012年より国際交流事業「Port Journeys」ディレクター(横浜・象の鼻テラス)。主な仕事に スパイラル30周年事業記念展覧会「スペクトラム」(2015)、TOKYO ART FLOW00キュレーション(2016)、Lu Yang展「電磁脳神ーElectromagnetic Brainology」(2018)、石本藤雄展「マリメッコの花から陶の実へ」(2018−2019)。現在は「道後オンセナート2022」「道後アート2023」キュレーター。2022−2023、京都府文化力による未来づくり審議会委員。

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