生活に携わる分野のものづくりをしている、作家・クリエイターの視点から、暮らしのかたちを考えるspiral market selection Interview。
第14回は、ケシゴム版画でポストカードなどをつくる kanaexpress(カナエクスプレス)の松原可奈さんにお話を伺いました。
──版画の面白さに魅せられて
子どもの頃からものづくりが好きで、18歳のときにロンドンのアートの専門学校に留学をしました。そこでは、デザインや版画など様々な分野の美術制作を一通り学べるのですが、その中で版画の技法──シルクスクリーンや銅版、リトグラフ、特にゴム版での制作をした際に、版画の面白さに惹かれました。その後、進学した美術大学の卒業制作でアニメーションと版画を一緒に展示したことをきっかけに、もっと版画をやってみたいと思ったんです。
日本に帰ってきてから、大きな設備や機械が必要ない、手軽にできる「ケシゴムはんこ」に出会い、働きながら趣味のような感じで制作を始めました。友達のやっているカフェで飾ってもらったりしながら、徐々に活動が広がっていきました。ケシゴム版画を制作しはじめて、いまは15年くらいです。
──ポストカードを小さいアートとして部屋に飾る
もともとポストカードを集めるのが好きで、部屋に飾っていたんです。アートは買えないけれど、ポストカードは手に入るので、それを小さいアートとして飾るのっていいなって。ケシゴム版画の活動を初めた当初からメインの作品はポストカードです。価格もどんどん使ってほしいので買いやすい価格に設定しています。生活に取り入れやすいように額装をして提案したりもしています。
ケシゴム版画のモチーフはスケッチを参考にしたり、写真を観て彫ることもあります。デザインナイフや小さな三角刀で彫り進めますが、そんなに時間は掛かりません。また、画面もはじめから緻密に計画を立てるのではなく、やっていくなかで思いついた図案にすることが多いですね。過去の版を別のモチーフと組み合わせて使うこともよくあります。以前発表した版でも、色を変えれば違う雰囲気になって無限にできるので面白いですね。
私のものづくりは、かなりアナログで、ポストカードやメッセージタグも一点ずつ手作業で刷っています。同じ位置に押していても、それぞれグラデーションや滲み具合などで違いが出て面白いですし、かすれや版のズレも雰囲気としていいかなと思ったらそのままにしています。多色刷りのものは、色数と同じだけ版をつくる場合と、一つの版で異なる色のインクを塗り替えて刷ることもあります。
封筒の制作も紙を切るところから全て自分で行なっています。昔から手を動かすことが好きで、心を無にしてできる封筒づくりのような作業は、図案を描いたり版を彫ったり、集中力が必要な制作の合間に気分転換としてやっています。量産を考えて、製作会社に依頼すると原価も高くなってしまい、気軽に使える価格を保つことも難しくなってしまうので、これからもこの方法でつくっていくつもりです。
──刷る行為そのものを楽しめるケシゴム版画
版画はどの技法もそうなのですけれど、「版」というワンクッションを間に介していることの面白さをとても感じます。押すまでどういう感じか分からない、押したときに現れた図案を初めて観る感じ──全部自分で行なっていることだけど、何かが間に入った感じで──なんて言い表せばいいんでしょうね。
ときどき、ワークショップを開催するのですが、みんな押すときに「わーっ!」ってなるんですよ。彫っているときは「ガタガタになっちゃった」とか言っても、押してみたらいい感じに仕上がることもあって。版の削り残しもかえって味になったりするし。ずっと左右逆の状態で掘り進めているので仕上がりは、押すまで見えないのも面白いですよね。ケシゴム版画って、刷る(押す)行為そのものを楽しめるんです。
──ケシゴム版画
一般には「ケシゴムはんこ」ってよく言われますが、私の場合は「ケシゴム版画」っていいたいな、って思うんです。私ははんこ(版)を売っているのではなく、刷っているものを販売しているので。私の作品の仕上がりがちょっとシュールな感じになるのは、独立した物として、可愛らしかったり完結したモチーフが多い「ケシゴムはんこ」とは違い、刷る(押す)ことで画面をつくっている版画としての考え方が影響しているのかもしれません。
今後もこういった活動を続けながら、イラストの提供、挿絵のお仕事などができるといいなって思っています。やっぱり、はんこって、たくさん押せるのがいいですよね。
インタビュー&編集/スパイラル