生活に携わる分野のものづくりをしている、作家・クリエイターの視点から、暮らしのかたちを考えるspiral market selection Interview。
第6回は、鋳金の技法でアクセサリーや立体作品を制作している中川久美子さんにお話を伺いました。
──作家として活動をはじめる
5年ほど前から、集合住宅の1Fにある事務所の様なスペースにアトリエを構えています。私はつくっているものが小さいので、そんなに広いスペースも必要がないので、あまり広さを意識せずに借りられる物件を選んだ感じでした。隣に美味しいコーヒー屋さんもあるので気に入っています。
アトリエを借りるとき、その頃にしていたアルバイトを全部辞めて、作品をつくることだけでやっていこうと決めました。当時、ちょっとした思い込みがあったんです──作家って、いつかは作品をつくることだけで生活していくものだって。だから、経済的なきっかけがあったのではなくて、自分でタイミングを決めてはじめた感じです。いま思えば、アトリエを借りる決断をしていなかったら、どうなっていたのかな?と。最近ようやく活動する場所があるというのは良いことだなと実感しています。
──鋳金との出会い
もともと、鋳金の技法でつくられていた作品に好きなものが多くて、実際に自分で制作をしてみても肌合いが一番好きだったので美術大学では「鋳金」を専攻しました。金属は技法によって見えてくる色が全然違うんです。鋳造の金属は柔らかな色を持っていると感じていました。いまは、視点が少し違うので、色で見ることはあまりないのですが、当時はとても色に敏感でした。
在学中は、抽象的な立体物をつくっていたのですが、卒業を控えた時期に「制作=生活」の関係を考えたときに、自分のしていることと他の人を繋ぐ手段として、アクセサリーが一番イメージしていることに近いかもしれない、って思ったんです。卒業後まもなく、アクセサリー制作をメインに作家活動をされている鋳金の先輩がたとの展覧会に参加する機会があり、その後は見よう見まねでお手本にしてきました。そこで出会った先輩とのご縁で、アパレルのジュエリー制作を手伝わせていただいたことも、とても勉強になる経験でした。
──金属の良さを伝えたい
最近は立体作品とアクセサリーを一緒に展示することが増えてきました。ひとつの展示会でそれぞれ半分ずつ位の比率だといいバランスかなって、いまは思っています。立体作品は売りたい、という気持ちよりも作品を通じて金属の良さを伝えたいって考えているんです。アクセサリーでは植物など身につけやすいモチーフや洋服とのバランスを考えていて、お客様と作品を繋ぐ共通言語をつくっています。一方で立体は自分の興味だったり、鋳物という技法や素材の実験の場だったりするので、ふたつは別のものと考えています。でも、ひとりの人間がつくっているこの2つの要素が自然に見えるような展示にいつかしたいと思っています。
反対に実際の制作に関しては、立体の作品は「錫」を使っていて、アクセサリーは「銀」を用いているのですが、この2つの素材は相性がすごく悪くて──銀に錫が少しでも付いていると、綺麗に仕上がらなくなります。だから、アクセサリーと立体作品は別々にスケジュールを組んで制作しています。制作のなかではやはり「原型」をつくる作業が一番たのしいですね。シリーズになっているアクセサリーなどの作品は、既に工程ができているので、その流れに乗せるように集中して一気に作業を行います。一点ものの作品については、常に原型づくりからはじまるので、シリーズ作とは異なるアプローチのためリフレッシュにもなりますね。
──ひとつしかないもの
私の作品は、展示のタイトルを決めて、そのワードからイメージを広げていってひとつのシリーズができることが多いです。今回の展示のタイトル「sleeve」(英語で衣服の袖、袂の意)は、季節や展示イメージから何をしようかな?って考えを広げて──ふわっと、風を感じるようにしたいと考えました。
作品のモチーフは、常にリサーチをしている状態ではあるのですが、見たり感じたりしたものを一度自分のなかに入れておいたものが、暫く時間が経ってから、ふっと現れてくる感じです。
以前は世の中にひとつしかないものをつくる事が作家の活動だと思っていたのですが、アクセサリーなどある程度、量産する作品づくりを経験していくなかで、いまは自分の活動から生まれる一点ものの意味が分かってきた気がしています。展示の際は、一点ものの作品をなるべく多くご覧いただきたいと思っています。展示会場まで来てくれるお客さんには、そのときにしか見られないものをご用意したいですね。
今回の展示では、展示台も友人に頼んで作ってもらいました。全てが自分のつくったものの集まりだと、ちょっと苦しい。展示台ひとつだとしても、別のものに自分の作品が重なるから見えてくることってあると思うんです。ひとつクールな視点が入ることって重要ですね。
インタビュー・編集/スパイラル