文 : 秋元雄史(東京藝術大学名誉教授)
クニトの作品をはじめて見たのは、アートストレージ ・ホテルKAIKA TOKYOが主催する2020年の「KAIKA TOKYO AWARD」のときである。クニトは、地下一階のストレージ前の広いスペースに、一際目立つ立体を持ち込んで設置していた。球体状の有機体を連想させる形が連なり、上へ、上へと立ち上っていくような、奇妙な増殖を繰り返す作品である。肉眼では発見できない世界のようにも見え、ミクロなのかマクロなのか、少なくともこの世とは違う階層の世界を空想させた。《落ちてきた小さき部屋》というタイトルの正しい意味を確認できなかったが、我々のいる現実世界とは異なった場所から現れた何かを見ているのだろうと思った。
別の世界という見方は、あながち間違ってはいなかったようで、SICF24 EXHIBITION部門のグランプリをとった《Pillars of Creation》は、前作の《落ちてきた小さき部屋》からの造形的な展開を図りつつ、NASAのウェップ宇宙望遠鏡による「Pillars of Creation(創造の柱)」の2022年の公開写真との関連性を指摘できるようなイメージの展開が図られている。NASAが画像撮影した「Pillars of Creation」は、「地球から約6500光年離れたへび座の方向に位置する、水素ガスとちりからなる冷たく厚い雲」(https://www.bbc.com.japanese)であり、星の誕生のプロセスに関わる原初的な存在であるらしい。ウェップ宇宙望遠鏡によってこれまで到達できなかった遠方の未知の領域に足を踏み入れ、宇宙の画像に革命をもたらしたと言われており、最新のテクノロジーによって私たちはおよそ想像できなかった遠い世界や星の始まりに関わる画像を眺めているのだ。その遠い世界の出来事がこの地上でせっせと作品制作するクニトの思い描くイメージとリンクしているところが興味深い。グランプリ受賞作 《Pillars of Creation》(2023年作)は、タイトルと年代から想像してNASAのウェップ宇宙望遠鏡による2022年の公開写真からインスパイアされたであろうことは想像に難くないが、その前作の《落ちてきた小さき部屋》の造形ではすで《Pillars of Creation》へと繋がる形態が存在しており、単にNASAの写真イメージを引用したわけではないことが理解されよう。むしろ前作から継続してきたイメージを模索していく過程で宇宙望遠鏡の画像を発見し、イメージが出来上がったと考えた方が自然な気がする。そのインパクトは、そのまま作品のタイトルへの反映している 。ちなみに前作の《落ちてきた小さき部屋》は、2016年の作であるから、足掛け7年ほどかけて、この不思議な形態の探究は続いたことになる。クニトが最新式のウェップ宇宙望遠鏡から送られてきた画像を見たときは、さぞ驚いたことだろう。そして、それと同時に、創作への勇気も得たであろうと、私は想像する。
ところで、このような全く異なったアプローチにも関わらず、イメージが近似する状況とはどのようなものなのか。人間が想像するからイメージが近づくのか、実際に世界は似通っているのか。普通に考えればテクノロジーの進歩によって見えない物が見えてきて、多様な世界の在り方が表に現れてきたということなのだから偶然の一致ということになるだろう。しかし人間の想像力というのはおそろしい。クニトもその一人だが、空想がどこかで現実を先回りしてしまっている。空想と現実は案外入れ子構造のようになっていて、きれいに切り分けることなどできない代物なのかもしれない。
さて、この度の受賞記念の個展では、「宇宙から地球に粘土が複数落ちてきたら」という空想のもと、作品が制作されるらしい。 紹介した二点の作品の他に全長約6mの新作を加えて、スパイラルガーデンの円形空間 に展示する。相当に見応えのある空間が誕生するだろう。と同時に、人間の空想力とはなかなかのものだとも思うことになるだろう。