寄稿:岡見さえ
ダンスの核は、もちろん身体にある。 しかし舞踊の数百年の歴史を振り返ると、振付家/ダンサーは、技術の追求に留まらず、踊る身体とそれを取り巻く環境を振り付けて総合的なスペクタクルを創造し、ダンスを芸術の域へ昇華させてきた。 神がかった超絶技巧、一糸乱れぬユニゾンなど即座に熱狂を巻き起こすフィジカルなダンスだけがダンスではない。 クールに、観客を身体と社会をめぐる思考へといざなう芸術としてのダンス。その系譜に連なる新星が、橋本ロマンスだ。
1995年東京に生まれた橋本は、現代美術の制作を経て勅使川原三郎が教鞭を執っていた多摩美術大学で舞踊を学び、2019年から作品発表を始め、2019年5月にSICF20 PLAY部門グランプリを獲得した。 受賞作『トーキョー・ミステリーサークル・クラブバンド』は、際立つセンスと緻密に作り込まれた世界観で高く評価された。 橋本はスパイラルガーデンの円形空間を“ミステリーサークル”に見立て、緩やかな螺旋スロープの囲む円筒空間を宇宙に繋ぐ。 かくして降臨した“宇宙人”たちの1970年代グラムロック風ヴィジュアル(デヴィッド・ボウイの『Ziggy Stardust』へのオマージュ!)、多様な質感のムーヴメントで構成された作品は、 “ナンセンスなサーカス”のみかけに、TOKYO 2020という未知の物語の到来を待つ都市に漂う、高揚とニヒリズムの入り混じる独特な空気を包んでいた。
2020年2月には、振付家の登竜門として知られる横浜ダンスコレクションで『サイクロン・クロニクル』を上演し、コンペティションII(新人振付家部門)の最優秀新人賞を受賞。 副賞の翌21年新作公演『デビルダンス』でも、確かな力量を証明した。 古びた家具が点在する無機質な空間で、多様なジェンダー・アピアランスの4人のソロが小さな孤独の物語を綴り、場面はコラージュされ、切実なクライマックスへ突き進む。 病や死が常に身体を脅かした西欧中世の「死の舞踏(ダンス・マカブル)」、永遠の若さを求めて悪魔に魂を売る「ファウスト」、キューブリック監督『時計仕掛けのオレンジ』から江戸時代の「ええじゃないか」まで、 古今東西の文化現象が題材だと橋本は語っているが、あからさまな引用はない。これらを未来への失望に起因する狂騒と読み解き、橋本はこの絶望の底にある孤独を共有する存在を悪魔とみなして、コロナ禍のダンスを創造したのだった。
音楽、映画、ファッション・カルチャーのアーカイヴの選択の巧みさ、そして振付を身体に限らず、空間と時間の問題として扱う態度が、作品には通底している。 2021年の身体が孕む矛盾を、混沌を、次はどんなダンスに変えて私たちを驚かせてくれるのだろう?今、絶対に見逃せないコレオグラファーだ。
橋本ロマンス(Roma Hashimoto)
コンセプチュアルな手法を用いながらも、ポップ/ストリートカルチャーの要素を取り込むことでアートファン以外にも訴える魅力を持つ同時代性の高いパフォーマンスを制作する。作品を構成する全要素に一貫した美意識とヴィジュアル、様々な文脈を分解しコラージュの如く再構築することで作品テーマを多面的に分析し、新たな仮定を提示するスタイルが特徴。主な受賞歴に、SICF20 PLAY グランプリ(2019)、横浜 ダンスコレクション 2020 コンペティション II(新人振付家部門)最優秀新人賞(2020)。