広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《香水》
高校2年の春、私は生まれて初めて好きな人とデートをすることになった。男友達はそれなりにいたが、2人きりで出かけるということはほとんどしてこなかったので、楽しみよりも不安の方が上回っていた。「ハンカチを持ち歩け」「清潔感は足元から」といった、どこかで聞いたアドバイスを真に受け、普段は持ち歩かないハンカチにピシッとアイロンをかけ、玄関先ではせっせと靴を磨いた。恋愛系の話は何となくご法度だった我が家で、普段 と様子の違う娘の姿に、母は何か勘付いていたかもしれない。
そして、"イイ女の条件"の1つである香水を買いに、表参道のTHE BODY SHOPに行った。余談だが、中学時代、友達が「原宿に行ってきたお土産に」とここのブラシをくれたことがあった。原宿に行ってお土産とは何とも可愛いらしい。憧れの聖地、THE BODY SHOP。
「こちら、石けんの香りがするので、香水に慣れていない方にもオススメですよ」と店員さんに教えられ、私は言われるがままにホワイトムスクという香りを選んだ。
デート当日、家で付けると家族にバレるので、香水をバッグに忍ばせ、マンションの下の駐車場でこっそり自分に吹きかけた。一瞬で自分がイイ女になった気がしてテンションが上がった。そして待ち合わせ場所の舞浜駅。先に待っていた彼に駆け寄ると、彼は苦笑いしながら言った。
「母親と同じ匂いがする」
その日から香水はつけなくなった。