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【開催レポート】 Rights of Dream -アーティストはどんな夢を見るか?- Vol.02

田中未知子


スパイラル クリエイティブ・ミーティング
Rights of Dream -アーティストはどんな夢を見るか?- vol.02

日程:2024年4月19日(金)16:00〜17:30
会場:Spiral Room + オンライン
ゲスト:田中未知子(一般社団法人瀬戸内サーカスファクトリー創立者・代表理事/現代サーカスディレクター)

田中未知子
札幌市出身。北海道新聞社に在職中、現代サーカス日仏共同製作「Voyage」の公演担当となり、サーカスの人々の生き様に衝撃を受け、新聞社を退職し渡仏、2009 年日本初の現代サー カス専門書『サーカスに逢いたい〜アートになったフランスサーカス』を出版。瀬戸内国際芸術祭ではじめて訪れた香川県で、農村歌舞伎などの文化芸能が今も地域に息づいている様に心を動かされ、2011年移住。「瀬戸内サーカスファクトリー」を立ち上げる。2017年、欧州現代サーカスネットワーク「シルコストラーダ」(本部・パリ) のアジア初正規メンバーに。2018年、「アジア現代サーカスネットワークCAN」立ち上げ。2023 年、セゾン文化財団の助成を受け、日本現代サーカスネットワーク「Mirai Circus Network」立ち上げ。 拠点である香川では、業種や生活環境など社会のあらゆる境界線を超え、現代サーカスを媒体に、地域全体で「ここから生まれる唯一無二の文化」を実現しようとしている。

課題解決ではなく「夢みること」からはじめよう

社会の課題、組織の課題、まちの課題。
今、さまざまな「課題解決」が事業の起点となっていますが、スパイラルでは、課題解決ではなく「夢みること」から新たな創造をうみだすことをめざして、「Rights of Dream-アーティストはどんな夢をみるか?-」という企画を立ち上げました。ここでは、さまざまな分野で活躍するアーティストをゲストに招き、彼らの語る「夢」をヒントに、これからの社会や事業のための次のアクションを考えます。

第2回のゲストは、「瀬戸内サーカスファクトリー」の創立者・代表理事の田中未知子さん。香川県を拠点に活動し、日本における現代サーカスのパイオニアとして、瀬戸内の風土から生まれる「ここにしかない現代サーカス文化」を生み出しています。地域の産業・風土・国内外のアーティストと連携しながら事業を育み、2024年7月には香川県丸亀市の木材会社・山一木材の敷地内に現代サーカスの劇場「KUMA LABO」も開設。さらに「文化の脱中央集権」と唱え、地方でアーティストが創造的に生きるための仕組みづくりにも取り組んでいます。

田中さんと現代サーカスの出会いから20年間。サーカスの人々に魅せられ夢を抱いてからの軌跡と、瀬戸内サーカスファクトリーが地域で生み出してきた実績についてお聞きしました。

「サーカス」と聞いて、みなさんは何をイメージするでしょう?

猛獣が出たり、宙を飛んだり、アクロバティックな曲芸を披露したり、そんなイメージを浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、1970年代にフランスを中心にサーカスは急激に変化します。音楽・ダンス・演劇・美術など、様々な芸術表現を取り入れ、テクニックだけでなく世界観を魅せる「現代サーカス」になってくるのです。

破壊的でアバンギャルドな世界観のサーカス、高さ20m以上ある構造物をまちなかに忽然と立ち上げるサーカス、既存の道具に飽き足らず新しい道具を開発したり、自分たちのまとう衣装をビリビリ割いて空中ブランコのように使いこなして宙を舞ったりするサーカスなど、さまざまな表現が現れるようになりました。

田中さんが現代サーカスと出会ったのは2004年のこと。北海道新聞社に在職中、現代サーカス日仏共同製作「Voyage」の担当を手掛けたことがきっかけでした。
 

走る馬の上で宙返りしたり、命綱なしで地上15mで演技したり、驚くような軽技を日常的にやってのける彼らと接するうちに、何があっても誰に対しても平等にフラットでいる、その生き方に心惹かれはじめます。なぜそのようにいられるのか最初は不思議でしたが、次第に、サーカスには「命」に関わる危険な場面がたくさんあり、そうした「命」がかかったとき、地位や学歴、資産の大小など吹き飛んでしまうこと、だからこそサーカスの人は常にフラットなまなざしでいられることがわかってきます。そのことに気づいた時、頭に降ってきたのは「ただ1本の体」という言葉と、「サーカスの人たちみたいになりたい」という夢でした。

その後、本格的に現代サーカスについて学ぶため、会社を辞めて海外へ渡航。2年半かけて取材執筆を行い、日本初の現代サーカスの専門書『サーカスに逢いたい〜アートになったフランスサーカス』を出版します。さらに帰国後、2009年〜2010年には瀬戸内国際芸術祭の舞台芸術担当を務め、そこで小豆島の農村歌舞伎にふれるうちに、日常生活や体に芸能が染みついた地域の人々を見て衝撃を受け、「新しい芸術や芸能を生みだすなら、こんな場所がいい」と、香川移住を決意。それが「瀬戸内サーカスファクトリー」誕生の第一歩となりました。
 

この頃には「サーカスの人たちみたいになりたい」という夢は、「ここにしかない唯一無二のサーカスを生み出したい」というミッションに変化していました。

現代サーカスのお話会「千と一夜」 田中さん直筆のレポート

香川に移住して田中さんが最初に立ち上げたのは現代サーカスについてのお話会「千と一夜」です。
千と一夜=約3年。3年も続ければきっとなにか違う景色が見えるだろう、と考えての命名でしたが、「やってみると3年じゃ全然足りなくて、リアルに1001回話さないと駄目だと思いました」と田中さんは笑って振り返りました。しかし、このお話会の中で、のちの瀬戸内サーカスファクトリーのメンバーと出会うことになります。

その後、「本物を見れば、思い描いている世界が伝わるはず」と、国内外のサーカスアーティストを招聘したサーカス公演を実施。

2012年には香川のローカル鉄道・ことでん(琴平電気鉄道)仏生山工場を会場に《100年サーカス》を上演、2019年には、日本最古の芝居小屋「金丸座」もあるまち・琴平町で、現代サーカスの祭典《こんぴらだんだん》を実施しました。
「こんぴらだんだん」ではうどん屋にジャグラーが登場したり、鳶職や獅子舞、新体操の有名校・坂出工業高校新体操部の卒業生が出演したり、走行中のレトロ列車の中でパフォーマンスをしたり、地域の人々・文化・風景と連携しながら作品を制作。「サーカスって、こんなこともできるんだ!」人々は熱狂し、現代サーカスの楽しさや可能性を理解することとなりました。

瀬戸内サーカスファクトリー《100年サーカス》(2012年)
瀬戸内サーカスファクトリー《こんぴらだんだん》(2019年)

ところが、全力疾走で駆け抜けた結果、体力も資金もショート。同時期に父が体調を崩したこともあり一度活動を休止することになります。しかし、当の父は「今札幌に帰ったら10年の頑張りがゼロになるぞ!」と大反対。「私にはもう続ける資格がないと思っていた。けれど、本当はまだ続けたかったんだ」と気づき香川へすぐに戻ることに。一度は休止を伝えた仲間たちも喜び、さあ再スタートだ、というところにコロナ禍がやってきました。

ところが、瀬戸内サーカスファクトリーにとって、このピンチがチャンスとなります。

コロナ禍以前、「ここにしかないサーカス」を生み出すために最初にぶつかった課題が「人材」でした。
出演するアーティスト、それを支えるプロデューサー、技術者、器具や設備、環境、それを取り巻く観客や応援者……そのどれもが地方には不足していて、海外や県外からプロが来てもイベントが終わればまたいなくなるという状況が続き、「プロが地方に根ざして仕事を続けるにはどうすればいいか?」という課題と向き合い続けていました。

しかし、コロナ禍をきっかけにアーティストが6人も香川へ移住し、彼らを中心にさまざまな連携事業が動きはじめます。
1つめは場所の連携。全国のアーティストが稽古場や劇場を求めてさまよっていたとき、三豊市の土木会社・安藤工業が稽古場を提供してくれたため、朝から晩まで稽古ができて、機材も置いておける、24時間のサーカス空間が誕生しました。

2つめは、アソシエイトアーティストの誕生。彼らのような香川在住のアーティストが地方にいても芸術面のスキルを磨けるように、海外のすぐれたアーティストや技術者を香川に招いて、研修やワークショップを受けてもらうようにしています。

3つめは、子供向けサーカス教室の開催。現代サーカスが根付いた国では、サーカスは大人気の習い事。香川でもプロのアーティストが子供たちにその楽しさを教える教室を週1で行っています。このことで、地域で日常的にサーカスの活動をする人と場を生み出すことができ、イベントをして終わればまたゼロに戻る…という状態を脱することができました。また、イベント以外のアーティストの固定収入を作れるようになったこともまた収穫でした。

4つめは地域や行政との連携。これまでに、鉄鋼、木工、石材などの地域産業を担う企業とコラボし、庵治石や土佐和紙など地域の素材を活用した作品を制作してきました。そのほかにも、ソーシャルサーカス(社会の中でさまざまな生きづらさを抱える人たちに向けた、サーカスを使ったインクルーシブな取り組み)を通じた福祉や過疎地域の課題にアプローチする取り組みも進んでいます。

最近では、香川県丸亀市の木材会社・山一木材との連携が進んでいます。

瀬戸内サーカスファクトリー初のレパートリー作品《Wokers(ワーカーズ!)》は、山一木材の熟練の大工とのコラボレーションで制作。職人に釘を1本も使わない立体パズルのような舞台装置を作ってもらい、それを舞台上で組み立てながらパフォーマンスする作品を制作しました。ワゴン車一台で搬入出できる仕様のため、小規模な会場や屋外でも発表できる、コンパクトでフットワークの軽いレパートリー作品ができあがりました。

瀬戸内サーカスファクトリー《Wokers(ワーカーズ!)》(2024年)

さらに、2024年7月には山一木材の巨大な工場敷地内に瀬戸内サーカスファクトリーの拠点「KUMA LABO」が誕生予定です。職人が「ほんまもんの木」と呼ぶ、自然乾燥にこだわった上質の木で建てられ、客席には庵治石も配置。工場の敷地内には一般の人は見たことがない珍しい木材や、職人が作った家具やテラススペースがそこかしこにあり、訪れたら誰もが思わず想像力が掻き立てられるであろう間違いなしの、すばらしい空間ができあがる予定です。

「きっかけは山一木材の熊谷社長の提案でした。雑談のなかで私が『なかなか安定した稽古場を持つことができず苦労している』と話したのを覚えていてくださり、ある時『うちは土地はいっぱいある。木もたくさんある。モノを作れる人間もおる。田中さんの活動がそんな理由でできなくなるくらいなら、うちで場所は用意できる』と言ってくださったのです」

香川に移住して14年。時間をかけて育んできた地域との関係が実を結び、人材が集い、拠点が完成し、瀬戸内サーカスファクトリーの「巣」といえる環境がついに整えられたと田中さんは語ります。

田中さんが移住して間もない頃の「千と一夜」の活動レポートには、こんな一節が残っていました。

サーカスの決まりごとを全て一度取り払ってみよう。
そこにはサーカスの体だけが残る。この体を使ってまっさらから作り出す芸術総表現、それが現代サーカスだ。
従うべき規則はそこにない。ただ絶対に必要なものは、豊かな発想力という唯一無二の個性である。
ふなんびゅるがめざすのは、地域の人や物を際立たせるためのサーカス。
これまでと全く異なる、日本の現代サーカスの姿が、5年後10年後、ほのかに浮かんでいるといい。

田中さんが夢を実現し作り上げた現代サーカスはまさにここに書かれた通りで、他にはない存在感を放ち、人の心を惹きつけ、地域の産業・人・物に光をあてる役割を果たしています。

さらに今、田中さんが思いをはせるのは、地域で生きるアーティストたちの将来の生き方です。

「10年後20年後も、彼らがクリエイティブな生き方ができる環境作りをしたい。年齢を重ねて舞台に立つ仕事から少しずつ引き始めた後もクリエイティブな生き方ができるよう、今さまざまな仕事を生み出そうとしているところです」

夢からミッションへ。田中さんと瀬戸内サーカスファクトリーの地域での歩み、いかがでしたでしょうか?

【開催レポート】
スパイラル クリエイティブ・ミーティング
Rights of Dream -アーティストはどんな夢をみるか?- Vol.01
ゲスト:栗栖良依(アートプロデューサー/認定NPO法人スローレーベル創設者・芸術監督)
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