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Spiral Report 2021 特集3

アーティストと地域のゆるいつながりが生む、魅力的な「隙」

大田佳栄(スパイラル キュレーター)× 石川直樹(写真家)


アートの実社会への応用を目指し、クリエイティブネットワークを活用しながらスパイラル館外で活動を行なうプロデュース部。2021年度は、「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」や「DESHITABI」などのプロジェクトの中で、地域にアーティストたちを派遣、一定期間滞在していただく実験的なプログラムを展開した。今回は、実際に「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」の「クリエイティブステイ公募プログラム」に応募し、愛媛に滞在した写真家の石川直樹と、プログラムをプロデュースした、スパイラル キュレーターの大田佳栄に話を聞いた。

Photo : 深堀瑞穂

—まず、「クリエイティブステイ公募プログラム」について簡単にご説明いただけますか。

大田 : 道後温泉には、「道後オンセナート2014」という単独のアートフェスティバルの立ち上げ時に2年間くらい関わらせていただきました。その後、ほかの事業者の方が入ってこの事業は継続されていましたが、私たちは2014年にできた関係性をもとに、別のお仕事で道後温泉には断続的に関わっていました。2021年から始まった「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」では、松山市と地域の方々から、まちづくりとして、フェスティバルを開催するという目的ではなく、「道後オンセナートもある、別のプログラムもあるまちづくりの企画」として計画してほしいとのオーダーがあり、それにお答えさせていただく形でクリエイティブステイの企画ができました。ちょうど新型コロナウイルスが流行っていて、ワーケーションという言葉も聞かれるようになり、アーティストの活動の場が一変し、自由な場と時間のとり方を皆さんが考え直すタイミングでもありました。アーティストの皆様に 一定期間、地域に入っていただくことによる双方のメリットを生かせられればと思い、実施しました。実際、公募してみたら、50名の枠に752名の応募があり、石川さんや第一線で活躍しているアーティストの方など、さまざまな方が応募してくださいました。

Photo : 深堀瑞穂

—石川さんが「クリエイティブステイ公募プログラム」に応募してくださったきっかけは何だったのでしょうか?

石川:僕は、これまで海外などに行って、旅をしながら作品を作ることが多かったのですが、コロナ禍に入り、途中1ヶ月くらいネパールに行ったことを除くと、2020年から2年以上、海外に行くことができなくなりました。以前とは全く違うサイクルで日々を過ごすなかで、国内に目を向け始めていたんですね。そんなとき、三重県伊勢市が主催したクリエイターズ・ワーケーションというプロジェクトに参加させていただいたら、思いのほか様々な出会いがあったり、豊かな時間を過ごせたので、一ヵ所に長く滞在するのもいいなあと思い始めていたんです。あと、元々四国と縁があって、香川県の高松市で写真のワークショップをもう7年以上続けていて、毎月のように四国に来ていた、ということもありました。 クリエイティブステイについては、知り合いから話を聞いて、四国の中でも愛媛に行く機会がなかなかなかったので、応募してみることにしました。元々、道後温泉には一度滞在したことがあって、長めに滞在できたら面白いだろうなあ、と勝手に想像して応募したんです。

大田 : 石川さんというと、都市ではなく自然を撮られるイメージがありました。道後はすごい不思議な街だと思うんですけど、いかがでしたか?

石川 : 僕は、つい最近、渋谷を撮影した写真集を出したばかりですし、各地の伝統行事を撮影しているシリーズもあります。自然と都市だと、その割合は半々くらいか、或いはむしろ人の暮らしや文化を撮ったもののほうが多いかもしれません。 道後は、最初は地理的な位置もよくわかっていなくて、道後温泉という市があるのかなと思っていたくらいです。路地に入っていくと、迷路みたいになっている雑多なイメージを抱いていたのですが、意外に綺麗に整えられていて、整理された街だなあという印象を持ちました。自転車でいろいろ回ったのですが、規模もそこまで大きくないですし、把握しやすかったですね。

大田 : 石手寺は行かれましたか?

石川 : はい、行きました。ちょっと妙なお寺ですよね?僕は変なところというか、特徴のあるところが好きです。気に入ったのは、松山市立子規記念博物館。2回ほど行きましたが、学びが多くて、何時間でも見ていられました。ベタなスポットですが、面白かったです。滞在の一番の目的だった、大竹伸朗さんの《熱景》も幾度となく見ましたね。

石川直樹(@straightree8848)Instagram より、大竹伸朗《熱景》、石手寺

身体を通して場所を知覚していく

―滞在中は、どのように過ごされましたか。リサーチだったり、写真を撮るということが多かったのでしょうか。

石川 : 一週間滞在して写真を撮っていたんですけど、そんなにバシバシ撮っていたわけでもなく、ゆったりしていました。自分は身体を使って、少しずつその場所に触れていきます。自分の目で観て、体をそこに置いて、場所のことを理解していきたいと考えていて、道後も、とにかく移動して歩いて、身体全体を瞳にして観てきたという感じでしょうか。

大田 : 道後の街の方とは、お話はされましたか。

石川 : 自転車を貸してくれたご家族と話したくらいです。そんなに積極的に話しかけたりはしなかったですね。他のアーティストの方は、結構コミュニケーションをとっていたんでしょうか?

大田 : それこそバーや定食屋でずっと話したり、その様子をずっとドキュメントしているアーティストもいましたし、本当に人によります。それぞれの人の特性が生かされていましたね。歌作っちゃったとか、いろんなパターンがありますね。

―「クリエイティブステイ公募プログラム」では、滞在を終えたクリエイターがYouTubeでビデオメッセージを公開することになっていますが、石川さんのメッセージも見られるのでしょうか。

大田 : 石川さんの場合は、YouTubeではなくInstagramで滞在中の画像をアップしてくださいました。あと、石川さんの作品としてではないですけど、「マチコトバ」という企画の言葉の選者として、関わっていただきました。道後は夏目漱石が英語教師として赴任した場所で「坊っちゃん」の舞台となっているなど、文学の街として知られていて、言葉を扱った取り組みというのが豊富なんですよね。そういうのも背景としてあったので、クリエイティブステイに関わってくださった方から、「道後オンセナート2022」の全体のテーマである「いきるよろこび」という観点から、言葉を選んでいただくという形で関わっていただいています。選ばれた言葉は、道後温泉地区内を散策していただきながら見つけられるような工夫を施し展示される予定です。

YouTubeチャンネル「クリエイティブステイ in 道後温泉」では、アーティストたちが滞在時の様子を報告したり、制作した作品を発表している。

行政のパンフレットには載らない、地域の「隙」

—アーティストの方に、一定期間、地域に関わってもらう意義って何でしょうか?

石川 : ワーケーションという言葉は、最初は聞き慣れなかったんですけど、この2年くらいでよく聞くようになりました。アーティストというか作家の場合は、ワークというのともまたちょっと違って、一か所滞在型の旅とでもいうのでしょうか。そうした経験は、生きている間、記憶として残っていきますよね。「自分はあの年の年末に道後温泉にいた」という記憶や場所の経験がずっと自分の中に残っていく。そして、きっとどこかで何かと接続されて、新しいものが生まれるきっかけになりうる、と考えています。かけがえのない時間ですよね。 また、外から色んな刺激を受けないと、作品は生まれにくい。僕は写真家なので、特に外に出て行って、自分の身体が反応しないとシャッターを切れません。だから、どういう形であれ、知らない場所に行って、少しの間滞留しながら、移動して歩いたりして、とにかくそこに身を置く、というのが必要不可欠なんです。温泉じゃないですけど、「身を浸す」という言い方でもいい。アーティストにはやっぱりそういう時間が必要だと僕は思うので、今回のプロジェクトはありがたい機会だと思います。

大田:道後は、お客さんに向けて発信する場所というのがある程度固まっているというか、呼びやすい視点で情報を編集するので、それらを中心に伝えようとするのですが、今回アーティストの皆さんがいらっしゃった時は、特に課題を課さずに、「ご自由にどうぞ。」という感じだったので、皆さん、本当に隙の部分に行ってくださっていました。YouTubeやInstagramを通して、道後に住んでいる人はいろんな視点を見出したみたいでしたね。それは私も同じで、2014年以来、頻繁に訪れてはいたのですが、私には全然見えていないところを皆さんが探っているなと思いました。人は24時間しか時間がないし、繰り返し同じことをしていると、触れ合う機会とか、新しいことを知る機会がなくなるので、わかったつもりになってしまっているけれど、わからないことがこんなにあるということに気づけたことが本当に、大きかったと思います。

石川 : 短い滞在だと、手がかりは見つかってもなかなかその先や奥のほうまでたどり着けません。でも、少しだけ長めの滞在だとその先に行けるかもしれない。おっしゃっていた隙みたいな空間や時間や関係性に巡り合える。クリエイティブステイは、作品の成果を求めず、のんびりしてちょっとSNSなどアップしてね、というゆるめの目標があるだけだったので、それも良かったのかもしれません。

大田 : 隙みたいな感覚というのは、意図して探っているのではないんですよね?

石川 : 探って見つけるというより、偶然飛び込んでくるみたいな感覚でしょうか。最初はやっぱり、点としての目的地に行こうとするんですけど、そこに至る過程で「こんな変な家がるぞ」とか、そういうものに出会い、気づいて行くことこそが面白いです。 僕も、だるま型をした面白い家を見つけたんですよね。知らないですかね?一軒家なんですけど、外観がだるまになっていて。そういう行政のパンフレットには決して取り上げられないような、ちょっとした発見、驚きみたいなものが嬉しいですね。

居住者でもなく、観光者でもなく、地域と多様にか関わる人々をさす「関係人口」。みんなの道後温泉 活性化プロジェクトでは、関係人口の可能性を議論する「関係人口サミット」が開かれた。

大田:私たちも、スパイラル館外の仕事が多いので、「レジデンスいいですよ」といろんな方にお伝えはするんですけど、杓子定規の「いいよ」が、仕事になっていた気がしました。 私たちは、もしかすると、今回アーティストと地域にとって、一番良い交流のさせ方を発見したかもしれない。今の日本の地方は、新型コロナウイルスによって、経済も落ち込んで、より人が交流しなくなり、皆、動けなくなって瀕死の状態です。それを解きほぐすための、すごくゆるやかで、でも、いずれ結果に結びつくような仕組み。アウトプットを決め込んで、そのための個々の交流を意図して一生懸命作るのではなく、関係を作るためのプラットフォームをゆるやかに用意する。それは、次の社会を変えるきっかけになる可能性を秘めているのかもしれません。

―石川さんは、コロナ禍になって、海外に行けず日本に留まっているというのもあるかと思いますが、今後も日本に焦点を当てて活動されるんでしょうか。

石川:ここ3冊立て続けに写真集を出しました。全部日本国内で撮影したもので、自分の中ではめずらしい事です。生き方がそのまま作品に反映されるわけだから、当然といえば当然ですね。もし以前のように海外に行けるようになったら、また撮る写真も変わっていくと思います。これから2ヶ月くらいネパールに行く予定もあり、もう僕の中では、フェーズがちょっと変わってきました。コロナ禍の2年間、東京の移り変わりを撮影してきたシリーズ『STREETS ARE MINE』も一段落したので、これからは新しいステップに入れるかなという気がしています。

大田 : もし都市のプロジェクトに興味があれば、帰ってきた時にでも、ぜひご一緒させてください。

石川:はい、ぜひ。街も大好きなので、いつでも声をかけてください。

石川直樹(いしかわなおき)
1977年東京都渋谷区生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。2008年『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞。2011年『CORONA』(青土社)により土門拳賞。2020年『EVEREST』(CCCメディアハウス)、『まれびと』(小学館)により日本写真協会賞作家賞を受賞した。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)、『地上に星座をつくる』(新潮社)ほか。作品は、東京都現代美術館、東京都写真美術館、横浜美術館、沖縄県立美術館等に収蔵されている。

大田佳栄(おおたよしえ)
一橋大学法学部卒、神戸大学大学院文学研究科西洋美術史学科修了。情報誌の編集者を経て、2001年株式会社ワコールアートセンター入社。2004年よりプロジェクトマネジャーとして館内外のアートプロジェクトに着手、現代美術を軸にした展覧会・フェスティバルのキュレーション、国際事業推進を担う。2012年より国際交流事業「Port Journeys」ディレクター、2016年よりチーフキュレーター。主な仕事に スパイラル30周年事業記念展覧会「スペクトラム」(2015)、TOKYO ART FLOW00キュレーション(2016)、Lu Yang展「電磁脳神ーElectromagnetic Brainology」(2018)。「道後オンセナート2022」キュレーション。

インタビュー・文 スパイラル広報

特集1

日々の生活にアートを取り入れるためには? : 小林マナ(設計事務所ima ) 聞き手 加藤育子(スパイラル キュレーター)

特集2

クリエイターと継続的な関係を築く。 ―SICFの新部門の設立と、「+S」Spiral Market 大阪の出店

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