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Spiral Report 2021 特集1

日々の生活にアートを取り入れるためには?

小林マナ(設計事務所ima )
聞き手: 加藤育子(スパイラル キュレーター)


「生活とアートの融合」をテーマに掲げるスパイラルでは、展覧会を通じてアートの世界をひらく活動をする一方、作品を生活空間に飾って楽しむことで日々の暮らしにアートがもたらす、こころが沸き立つような体験を届ける「デイリーアート」も提案。今回は、後者に焦点を当て、スパイラルガーデンの展覧会で数々の会場構成を手掛け、テキスタイルデザイナー・陶芸家の石本藤雄やアーティストの山崎美弥子など、実際にスパイラルで購入した作品と共に暮らしているという、設計事務所ima の小林マナの事務所兼ご自宅を訪問。スパイラル キュレーターの加藤育子を聞き手に、アートとの出会いから暮らしの中での愉しみ方まで幅広く話を伺った。

加藤 : 美大出身でインテリアのお仕事をされているので、作家さんがお知り合いに多いと思うのですが、実際にアート作品を購入されたきっかけは何だったんでしょうか?

小林 : アートはもともと好きで展覧会もよく行くんですけど、ある日突然、展覧会で作品を購入できるということがわかったんですね。ポスターを買ったり、マルチプルアートは持っていたんですけれども、いわゆる作品というものを購入したのは、もしかしたら、石本藤雄さんが初めてかもしれない。2007年に白金のギャラリーの展覧会を見に行って、葉っぱの陶板を購入しました。

加藤 : 私も見に行きました。あの頃は、黒の抽象的な四角い作品も多く作っていましたよね。

小林 : 花の陶板も登場し始めていました。初めは、部屋に合わせようと思って、モノクロのトーンに近いものを選びました。石本さんだったら華やかな花模様のものが良かったのかもしれないですけど、うちは割とmarimekkoのカバーなど色物を使ったりしていたので、色味を押さえて白や黒の作品が多かったですね。

加藤 : あの展示は、既にスパイラルでmarimekkoのお仕事をされた後でしたか?

小林 : そうです。スパイラルでmarimekkoの展覧会の会場構成をしたのは2005年で、その展覧会を皮切りに、2006年に国内初の店舗となる、marimekko OMOTESANDOの空間デザインを手掛けました。 実は、marimekko社で石本さんに初めてお会いした時も、スパイラルの展覧会会場で会った時もすごく素っ気なかったんです(笑)。2015年に 海外の店舗設計をする際に、ヘルシンキへ向かう空港でばったりお会いしてから、すごく仲良くなりました。「両替機はここにあるよ」とすごく親切に教えてくださって。その時ご自宅にも誘ってもらいました。

加藤 : 私が最初に石本さんにお会いしたのは、2006年だと思います。スパイラルが手がけた展覧会をフィンランドのデザインミュージアムに巡回した際、出展作家さんがアラビアのアート・デパートメントにレジデンスすることになって。そこに石本さんがいらっしゃって、「いつかスパイラルでも展覧会を」と伝えたんですが、確かにシャイな方なのかなという印象を受けました。その後、2010年に初めてスパイラルで石本さんの個展を開催しました。記録を見ると、小林さんに白い花の陶板を購入していただいています。

小林 : 2010年なんですね。2012年の2回目の個展では会場構成をさせていただきましたよね。

加藤 : そうです。石本さんからのご提案でした。是非imaさんにお願いしたいと。作品と言えば、スパイラルで昨年開催した山崎美弥子さんの展覧会でもご購入いただきましたよね。あの時は、スパイラルからのご案内で知ってお越しいただいたんでしょうか?

小林 : はい。ご案内とInstagramですね。山崎美弥子さんご本人は知らなかったのですが、Instagramでいろんな方が展覧会の様子をアップしていて「これは素敵」と思って。「1000年後の未来の風景 」というのも素敵だなぁと思ったのと、空の写真が良かったですね。作品は1枚しか買いませんでしたが、やっぱり2、3枚欲しかったですね。購入してからしばらくは、壁に立てかけて置いていました。

  
小林マナさんの自室。左側、白い陶板は石本藤雄 作品。中央のピンクの絵画は、山崎美弥子 作品

無理せず「好き」という軸でアートと向き合う

加藤 : 初めて作品を購入した時のことをもう少し伺いたいんですが、印象や思い出などありますか?

小林 : 玄関に置いていたんですけれども、場が華やぐというか。作品が家に来たら、びっくりするぐらい大きくて、「なんだこれは」という感じはありました(笑)。こういうものがあると家が締まる。なんて素敵なんだろうと思いました。

加藤 : 一度買ってお家で飾ると、次に展示を見る時も「買おうかな」と思ったり、意識の変化はありましたか?

小林 : そうなりますよね。結構な出費ですけど、残るものでもありますしね。初めは、旦那と二人で決めて、購入する形にしていたんですけど、ある時からそれぞれが自分の好きなものを買った方がいいなと思い、同じ展覧会に行って違う作品を購入し始めたんです。同じ作家さんのものが、家に2つ3つあったりします。廊下にあるロナン・ブルレックの作品も、右を私が、左を旦那が選びました。2階にある古賀充さんの作品もそういった経緯で2点あります。行った展覧会で、私が買わない時もありますが、好きなものは似ていますね。

ロナン・ブルレック 作品。右の作品を小林マナさんが、左の作品を夫の小林恭さんが、同じ展覧会で購入。

加藤 : 展覧会には、よく行かれるとおっしゃっていましたが、系統や技法など、ジャンルは意識されていますか?石本さんはデザインとアートをまたぐような領域に位置していると思うんですけど、ジャンルは気にせず、気に入ったら作品を購入するという感じでしょうか?

小林 : 私たちは、本当に好きなものを買うようにしています。もともと、現代アートが好きで、ヨコハマトリエンナーレに行ったり、10年に1度訪れる、ドクメンタとミュンスター彫刻プロジェクト、ヴェネチアビエンナーレが同時に開催される年、1997年、2007年、2017年にヨーロッパへ観に行っています。マイク・ケリーの《シティ》というシリーズが、今一番欲しいんですけど、とてもじゃないけど買えない(笑)。

加藤 : 石本さんの作品はギャラリーで購入されたということですが、コンセプチュアルアートなどいわゆるファインアートは、どこで買いますか?画廊にも行かれたりしますか?

小林 : 画廊はあまり行っていないですね。CURATOR'S CUBEは好きですね。デザインとアートと工芸の間みたいな感じです。これは小林和人さんのOUTBOUNDで買ったものなんですけど、アートでもいいし、工芸でもいいし気持ちが惹かれるものですね。

加藤 : でも、そういうところが大事ですよね。自分が本当にほしいものを買う。この作家の作品とともに過ごしたいという気持ちですよね。現代アートの場合は、知識とか、作品の背景を理解できる素養とか、「こう思わないといけない」と構えすぎて気おくれしてしまう方も多いようですが。

小林 : 大学を卒業してから、ヤン・フートの《水の波紋》というプロジェクトを手伝ってみたいと思って、ボランティアの説明会に聞きに行ったら、見事に何を話しているのかわからなくて(笑)。現代アートってこういうものなんだと、私は見るしかできないなと、遠くの方にいようと思いました。ただ、そこは無理せずに、見ていて好きなもの、感じたものを観に行くし、作品を購入できる時は買うという感じです。

OUTBOUNDで購入した作品を手にする小林マナさん。アート作品、工芸、プロダクトなどジャンルを問わず蒐集したものが、部屋を彩ります。

飾るだけではなく、作品を使って身につけていく

加藤 : 先ほど、marimekkoのファブリックは色があるので、ちょっと抑えた色味の作品を選ぶとおしゃっていましたが、全体のコレクションというか、ご自宅のインテリアなどを考えながら購入されているんでしょうか?

小林 : 今は、marimekkoの生地はあまり使っていませんが、家を建てる時に床から天井まですごくシンプルにして、いろんなものが入ってきても邪魔にならないように白い箱にしたんです。2階のガラスケースの中に作品があるんですけど、年に1、2回しか作品は入れ変えませんが、心地がいいですね。飽きないです。2016年に引っ越して来た当初は、作品を詰めて置いていました。2、3回作品替えした後に、ゆったり飾って見たら、それがすごいよくって。最近では、ガラス、木、石、レンガなど作品の物質感や幾何学などテーマを決めて、飾るようにしています。

加藤 : 展覧会のように、キュレーションしているんですね。ガラスケースの中に余白を作ったのは、何かきっかけはあったんでしょうか。

小林 : 最近は、ゆとりが欲しくなってきましたね。例えば、外に出ているテーブルは、もともと今いる居間にあったもので、部屋に対して大きすぎると感じていました。今、コロナ禍であまり人も来ないので、結婚当初から持っていた、フリッツ・ハンセンのテーブルを出してきました。他の部屋も改造したりしているんですけど、もっと削ぎ落とすというか、シンプルにしていきたい気持ちがあります。

加藤 : テーブルは新婚以来のものをお持ちだったということですが、ものとは長く付き合う方ですか?

小林 : あんまり変えないですね。今の人みたいに、ものをフリマアプリでどんどん売ってというのも代謝ができるので羨ましいですけどね。震災直後に断捨離した時に、ほぼ捨てちゃいましたもんね。あの頃はそういうアプリもよく分かっていなかったので。

加藤 : スパイラルで開催したアートフェア「spiral take art collection 2017 蒐集衆商」で、セレクターとして作品を選出していただいた時に、鹿児島睦さんの陶や、テキスタイルの作品だけではなく、紙とか木とか、そういう日常生活に馴染みがある素材の作品をバランスよくご提案いただいて面白いなと思ったんです。古賀充さんもそうですし、イェンニ・ロペさん 、あとenamel.さん。私も愛用しています。

小林 : enamel.さんはクラッチバッグの方ですか?ああいうのは、DESPERAD0で教えてもらったり、友達に教えてもらったりですね。あと、私は、買ってすぐ使えるものが好きですね。仕舞い込まないで、どんどん出して使いたい。割とカジュアルなものと言うか、普段使いができると言ったら変ですけれども。

加藤 : 犬も猫も飼っているけど、あまり気にせずどんどん出していこうと?

小林 : 2階のガラスケースは、猫に邪魔されないようにというか、作品保護の為につけましたね。今は1匹しかいなくて、その子はおとなしいのですが、前にいた2匹が本当にやんちゃで(笑)。

加藤 : 飾るだけではなく、どんどん生活の中で使って、身につけていくということを本当に体現されていらっしゃいますよね。

小林 : そうですね。今日も、倉俣史朗のテラゾーを転写したシャツを着ています。今日はこれだと思って(笑)。鹿児島睦さんのお皿は、友達がくる度に使っていると、ちょっとずつ欠けてきてしまうんですよね。今の作品の金額を考えると、さすがに子どもが来た時は出せなかったですが(笑)。鹿児島さん自身も使ってもらいたいとおっしゃっていますし、それが良いお付き合いの仕方かなと思っています。

テラゾー(人造大理石)の中にカラーガラスを散りばめた「スターピース」。倉俣史郎がデザインしたこの素材を転写したシャツ

小林マナ(こばやしまな)
1998年から設計事務所imaを小林恭と共同主宰。活動開始以来、数多くの商業空間のインテリアデザインや建築設計を手がける。パッと心が華やぐカラフルでハッピーな空気感と、収納や動線など機能性をたくみに織り交ぜたバランス感覚は、個人宅や施設などにも応用される。ブランドらしさ、その人らしさを活かした空間づくりに定評がある。主な仕事に「marimekko」「ILBISONTE」の国内店舗設計などがある。

加藤育子(かとういくこ)
東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了後、スパイラル/株式会社ワコールアートセンター入社。ギャラリー担当ならびに同チーフ、マネージャー等を経て、現職。現代美術を中心とする展覧会の企画制作業務をベースに、館内の新規プログラム開発なども担当。担当した主な展覧会に「小金沢健人展『煙のゆくえ』」(2016年)、「Rhizomatiks 10」(2017年)、Ascending Art Annualシリーズ「すがたかたちー『らしさ』とわたしの想像力」(2017年)、「まつり、まつる」(2018年)、「うたう命、うねる心」(2019年)など。

Photo : Kazue Kawase

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