広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《代わり》
大学時代、私は親元を離れ、下北沢で姉と二人暮らしをしていた。念願の自由を手に入れた私は、毎日のように自転車で下北を徘徊し、憧れの下北ライフを謳歌していた。
下北に住んでいると、友人からの飲みの誘いも多くなった。その日も大学の友人2人から「下北でしょ?俺達、近くで飲んでるから来ない?」と電話があった。このフットワークの軽さが大学生っぽくて嬉しかった。私はあえて気だるく「じゃあ今から行くわー」と返事をして、自転車をかっ飛ばし向かった。気だるさも大学生っぽさの特徴のひとつだ。
安い居酒屋に入り、映像を学ぶ学生らしく、最近のドラマや映画、好きな監督の話などをして盛り上がった。今思えば、浅い知識の青臭い内容だったが、就職活動の話なんかもして、有意義な時間を過ごした。そして飲み会も終盤になったところで、1人の友人がポツリと話し始めた。
「実は俺、地元に好きな人がいて、1回フラれているんだけど、やっぱりまだ忘れられなくて……」
普段、そんな話をしない人だったので、私はびっくりしたが真剣に話を聞いた。
「で、その子のこと忘れるためにマコトのこと好きになろうとしたんだけど……やっぱりダメだった。今日、ハッキリした」
目が点になった。いつの間にか私は彼の好きな人候補に挙げられ、そして勝手に落選していた。もう1人の友人も同様に絶句していたが、彼の真剣な表情を見て「……そうか」と呟き、チラリと私の方を見た。私は恥ずかしさでも怒りでも無い複雑な感情と、この空気感を打破すべく「何それ!」とテンション高めに突っ込んだ。しかし思ったより声量が大きく、自分の戸惑いが露呈し、変な空気になった。
下北沢は、勝手にフラれたあの日が蘇る青春の街だ。