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昨日の景色#11

ちょっぴり切なく笑える、切り絵に込められたエピソード
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広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。

《自転車》

大学2年の秋、私は1人の美容師に恋をしていた。ヘアショーのモデルとして声をかけられたのがきっかけで、何度かお店で練習した時に会話をしただけだったが、仕事に対する真摯な態度を見てどんどん惹かれていった。「美容師だけは気をつけろ」といった親友の忠告も私には届かなかった。

しかしヘアショーが終わると会う必然性が無くなってしまった。恋愛経験が乏しかった私は次のアプローチの仕方が分からず、特に相手が忙しい社会人だと気軽に連絡なんて出来なかった。

彼が下北沢付近に住んでいることは練習中の会話で何となく知っていた。そこで私は最寄駅ではなかったが、毎日下北沢まで自転車で行き、そこから電車で大学に通うようにした。帰りは用が無くても下北沢を自転車で巡回してから帰宅。「バッタリ偶然ですね大作戦」を思いついた。

友人からは「何て不毛なんだ!」と突っ込まれたが、私はかすかな奇跡を信じて毎日自転車を漕いだ。

一度「大阪屋」でたこ焼きを食べている時に彼らしき人物を見かけたことがあった。走って追いかけたが、すぐに見失った。本当に彼だったかは定かではなく、激熱のたこ焼きを口に入れたままの全力疾走はマジで死ぬかと思った。口の火傷の痛みと情けなさで心は折れそうだったが、それでも「バッタリ偶然ですね大作戦」は4ヶ月間実行された。しかし奇跡はそう簡単には起きなかった。

ところがある日のこと。下北沢の駅前に路駐した自転車が撤去されてしまったのだ。保管料3000円は大学生にとっては痛手だったが、お知らせのハガキを見て私は飛び上がった。

撤去された保管所が彼のお店のすぐ近くだったのだ。私はチャンスだと思った。

「お久しぶりです!いや~見てくださいよ、これ。撤去されちゃいまして。参りましたよ。ところで今度ご飯でもどうですか?」

心の中で何度も練習し、私は返還されたばかりの自転車を引いて彼のお店へ向かった。

7年後、私たちは結婚した。

■ プロフィール
タナカマコト
ハサミ一つで切り絵をする切り絵作家。
細かな下書きをしないでフリーハンドで切り絵を制作。レシートや書籍に印字された言葉を残しながら形を切り抜いたり、写真を切り抜くことで、媒体のもつ意味と切り抜かれた形を関連づける独自のスタイルで活躍する。近年ではCDジャケットデザインやTVCM、WEBCM、ミュージックビデオ、店内装飾など、切り絵を通して活躍の幅を広げている。SICF20グランプリ(2019年)。
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