広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《映画》
一浪し、念願叶って私は映像学科のある大学に入学することが出来た。同じような志を持った仲間たちと映像作りを学べる……。想像するだけで気持ちが高鳴っていた。そんな中、はじめての実習で自己紹介をすることになったのだが、芸術学部ならではの"私は個性的です"合戦が始まった。
名前を名乗る前に「さっきの先生ウザかったから、一回叫んでいいっすか?」と言って窓に向かって大声を出す男子。授業中だろうと常に棒付きキャンディを舐めて黙っている女子。「最近、シーシャのセットを買ったので家で毎日吸っています」と報告する女子……。
かくゆう私も邦画好きの姉から教わったマイナーな映画を昔から好きだったかのように発表した。みんながみんな「変わってるね」と言われたくて仕方がないお年頃だった。
学生生活にも慣れて来た頃、「好きな映画の1シーンを絵コンテにおこせ」という課題が出た。そこでも私はマイナーな邦画を選んで得意げに描いた。今思い出そうとしても何を題材に描いたかさっぱり覚えていないのだから、いかに格好つけで選んだ映画だったか分かる。当時の自分の薄っぺらさよ。
落書きが得意だったこともあり、私は早々に絵コンテを書き上げ提出した。授業が終わるまで手持ち無沙汰でいると、ある友人の絵コンテが目に留まった。サングラスをかけた線の細い人間がブーメランのような銃を抱え、走ってる様子が描かれていた。疾走感はまるで無く、決して上手くはなかったが、その映画が"ターミネーター"である事はすぐに分かった。ド定番ハリウッドを一生懸命描く彼女に衝撃を受け、じぃっと見入っていると、彼女は顔を上げて照れ臭そうに「2が一番面白い」と教えてくれた。
その瞬間、好きなものを堂々と言える格好良さに気付かされた。
その日以来、私は心を入れ替え、「好きな映画は金曜ロードショーで何回も観た"天使にラブソングを…"です」と正直に答えるようにした。