広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《うさぎ》
小学4年生の春、私と親友は念願叶って飼育係になった。飼育係の主な業務は、校庭にある飼育小屋の掃除なのだが、ウサギのお世話が出来るため、特に女子からの人気が高かった。
掃除当番が回って来た日、私達は朝から心を躍らせていた。放課後、双子の妹も合流し、飼育小屋に集合した。床のフンを掃き、水を変え、餌を補充する。飼育小屋という閉鎖的な空間の中、自分達だけがウサギに触れられるという優越感が重なり、私達の心は解放されていった。
掃除を終えると、私達はウサギを小屋の中央に集め、コンサートを開くようになった。先程までフンを集めていたほうきをマイクに見立て、観客のウサギに向けて3人で歌うのである。担当の先生が様子を見に来る時は慌ててホウキで掃くふりをする。そんなことを繰り返す内に、6日目にはオリジナル曲が完成していた。
「次がラストの曲です。聞いてください……"大根パラダイス"」
この、ウサギに全く関連の無いフザけた曲名が私達らしい。アイドルに憧れを抱きつつも、正直に成りきるには照れ臭い。故の"大根パラダイス”だった。私達は、サビしか作っていない"大根パラダイス"をウサギに向けて一生懸命歌った。フンを避けつつ、ステップを踏み、オリジナルの振付けまで完璧に揃えた(ちなみに歌は今でも歌える)。
「みんな、今日は来てくれてありがとうー!」私達はウサギに向かって手を振って帰宅した。
翌日の朝、掃除当番の最終日、私達のコンサートも終わりか……としんみりしていると、隣の席の男子から声をかけられた。
「お前らさ、いつも飼育小屋で何やってんの?」
顔が一気に熱くなった。彼が放課後の校庭で毎日サッカーをしていたことは知っていた。しかし見られていたとは思わなかった。
「……何のこと?」。私が平静を装って聞くと
「大根パラダイスって何?」
その後、どうやって誤魔化したのか記憶に無い。しかし最後の飼育小屋の掃除がとても静かだったことだけは覚えている。