広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《ゲームセンター》
19才の秋、私は友人Kちゃんとゲームセンターにいた。Kちゃんは読者モデルとして活躍するほど端正な顔立ちで、高校の入学式から目立つ存在だった。頭も良く近寄りがたい印象だったが、話すと面白くて、ゲームが大好きな女の子だった。
そんなKちゃんに「マコトに今の私の実力を見せたい」と、太鼓の達人に誘われたのだ。私はゲームにまるで興味が無かったが、バチを握り、慣れた手さばきで選曲していくKちゃんに、すでに達人のオーラを感じていた。
曲が始まると、Kちゃんは一心不乱に太鼓を叩き出した。その姿が可笑しくて後ろで笑っていると、リクルートスーツのベッカムヘアの男2人が近付いて来た。
「お姉さん、上手~!」
私はナンパというものに慣れておらず、目の前の状況に少し戸惑っていた。しかしKちゃんは動揺することなくリズミカルに太鼓を叩き続けている。そんなKちゃんに男達は食い下がった。
「隣でやってもいいっすか?」「ずるい!俺もやりたい」「ね?良いでしょ??」
Kちゃんは画面から一切視線を逸らさず「まぁ、良いですけど……」と返すと、男達は「よっしゃー!」とガッツポーズをした。
すごい。たった一言でこんなにも男達を翻弄させるとは。太鼓と男をさばく姿に感心していると、今までこちらに目もくれなかった男が、千円札を差し出し私に向かってこう言った。
「君、両替してきて」
突然、心臓を太鼓のバチで殴られたような衝撃に足元がよろめいた。ショック過ぎて息が出来ない。「えっ、と……」。その後の言葉が出てこない。必死で頭をギュルギュルッと回転させ、やっと絞り出したのが
「……今から彼氏来るんで無理です」
最大限の強がった嘘だった。ゲーム画面から流れた「ファイトだ!ドン!」という陽気な声が私の耳の奥でこだました。