広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《文通》
かつて雑誌の読者ページには文通コーナーがあった。今では考えられないが、本名と住所と簡単な自己紹介が掲載されており、気になる相手に手紙を送ることができたのだ。私も10才の頃、お小遣いで便箋を買い、北海道に住む同い年のエリちゃんという子に手紙を書いたことがあった。ドキドキしながら返事を待つこと数週間、郵便受けに可愛い便箋を見つけた時は本当に嬉しかった。
「お手紙ありがとう。どうぞよろしくね。マコトちゃんは東京に住んでるんだね!」
はるか遠い北海道の子と文通で繋がっていることが嬉しくて不思議で、すぐに返事を書いた。当時見ていたバラエティ番組のオススメを書いて送った。
「お手紙ありがとう。マコトちゃんって面白いね。エリはあまりTV観ないんだ」
私は面白いと思ってもらったことが嬉しくて、今度は自分の写真を送ることにした。毛布を頭から被って顔だけ出して少し微笑むといった、当時は最高に面白いと思って撮ったが、今思えばかなりリアクションに困る写真だったと思う。
数週間後、エリちゃんからも写真が届いた。エリちゃんはとても美人だった。真っ白な肌に黒髪のセミロング。少し照れたように笑っていた。
「エリはこんな顔だよ。ところでマコトちゃんは好きな人いる?エリは2人いて迷ってるの。クラス委員のA君はファンも多く、私も昔から好きだった人。B君はこないだ私に告白してきた人で、ちょっと前からいいなって思ってたの。どっちが良いかな」
私の渾身の写真には触れられず、ドラマのような恋愛相談が書かれていた。
さて困った。彼氏はおろか、好きな人すらいない私にとっては難解な相談だった。それでも私はエリちゃんの悩みに寄り添いたくて、一生懸命考えた。
「こんにちは。モテモテだね!私の好きな人はセサミストリートのバートだよ。本当はエルモが好きだったけど、お姉ちゃんに取られちゃったの。でも今は真面目なバートが大好き!エリちゃんも色々悩みがあると思うけど、お互い頑張ろうね!」
この手紙を最後にエリちゃんからの返信は来なくなった。引き出しの奥に入れた余った便箋を見る度に、胸の奥がギュッとなった。