広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《黒衣》
小学三年生の学芸会で私の学年は「みつばちマーヤの冒険」をやることになった。早速先生から台本が配られ読み進めていくと、私はある虫の役に惹かれていった。
主役のマーヤよりも登場回数が多く、しかもその役は他の虫よりも募集人数が多かった。引っ込み思案のくせにお調子者だったややこしい性格の私にとってはとても魅力的な役に思えた。
その虫の名は「クロコロス」といった。
後日行われたオーディションで私は見事合格し、晴れてクロコロスとなった。家族にも自慢げに報告すると、姉は「主役よりも目立つ役なんて!カメラ持って見に行くよ!」と喜んでくれた。
練習も真剣に臨んだ。なんせ主役よりも出番が多いのだ。自分の出るタイミングを間違えてはいけないと、何回も台本を読み込んだ。
衣装は全身黒い服に、黒いタイツを履いて黒い帽子をかぶった。母からは「全身真っ黒でアリみたいだね」と言われたが、私は「アリじゃないよ、クロコロスだよ!」と胸を張った。
真面目に練習した成果もあり、本番はミスることなく無事終了。他のクロコロス達と成功を分かち合った。
全ての学芸会が終わり、私は校門前で待つ母と姉の元へ急いで駆け寄った。すると姉は私を見るなり爆笑した。
「マコト、クロコロスって黒衣(くろご)のことじゃん」
ゲラゲラ笑う姉の横で、母は「ちょっとお姉ちゃん、そんなに笑ったら可哀想よ……」と言いつつ少しだけ残念そうな顔をしていた。
黒衣の意味を知ったのはその時だった。