広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《ひまわり》
小学1年生のある日のこと。担任の先生が授業終わりに声をかけてきた。以前行われた開校10周年記念の際にひまわりの種を付けた風船を飛ばしたのだが、なんと私の風船を拾った人から手紙が届いたというのだ。
先生が「すごいことよ!」とテンション高く言うもんだから、私は自分が有名人にでもなったような気がして照れ臭かった。
「ただちょっと問題があって……」
先生は言いにくそうに手紙を取り出すと、そこにはデカデカと"マコト君へ"と書かれていた。
マコトという名前、今でこそ気に入っているが、当時はよく男に間違えられていて、その度に親を恨んだ。
手紙の送り主は隣の区に住む20代の女性だった。「マコト君は絵が上手だね。早速庭にひまわりの種埋めるね」といった内容が便箋2枚に渡り丁寧に書かれていた。また風船にくくり付けていた名札も「思い出になると思うので」とわざわざ同封して返してくれた。
私は名前の横に「お花屋さんになりたい」と書き、周りには沢山のひまわりとお姫様のイラストを描いていた。
こんなにも"女の子"なのに"マコト"という名前だけで男と判断した手紙の送り主に怒りすら感じた。そのぐらい"マコト君"のショックが大きかったのだ。
翌日、全校朝会で校長先生によって手紙が紹介された。"マコト君"の部分は配慮され"マコトさん”に修正して読まれていた。
周りの人から「すごいじゃん!」と声をかけられると、私は徐々に気分が晴れていった。「なんでも手紙が来たのは私だけらしいよ」と調子に乗って答えていると、校長先生が最後に言い放った。
「出口に手紙を貼っておきます。是非見てみてください」
クラスの一部の男子から"マコト君"と呼ばれる日々が始まった。