広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《内緒》
小学三年生の時、学芸会で「みつばちマーヤの冒険」をやることになったのだが、私のクラスでは主役のマーヤ役がなかなか決まらないでいた。
私は早々に主役よりも美味しい(と思っていた)クロコロスという役(後に 黒衣 と知 る)に決めていたため、早く誰か立候補しないかなと静まり返るクラスを静観していた。
すると突然、隣の席のS君が私にこっそり耳打ちをしてきた。
「俺、マーヤやろうかな。タナカはどう思う?」
普段S君は積極的な性格では無かったので、多少驚いたが「やりなよ!」と言うと、S君は笑顔で手を挙げた。
皆からも歓声が上がり、休み時間にはS君の周りに人だかりが出来た。その中でS君が「タナカが背中を押してくれたから」と話す姿を見て私は確信した。
「S君、私のこと好きなんだ」
それから私もS君を意識するようになった。劇の練習中もクロコロスに集中しなきゃならないのに、いつの間にかS君を目で追っていた。
ある日の休み時間、何となくS君とお互い内緒にしていることを告白しようという流れになった。私はクロコロスの中で嫌いな奴がいるといったしょうもない秘密を打ち明けると、S君は「じゃあ俺は好きな人言うわ」と言って来た。
それもう私じゃん。私に告白する流れじゃん。周りに人がいる中で、それは流石に恥ずかしかった。
「言わなくて良いよ」
私が止めると、「いや言いたい」とS君は食い下がった。「私の内緒事と重さが違うじゃん」「タナカに言いたいんだよ」
ほぼほぼ告白じゃん。私は観念し、自分史上一番可愛い顔をしてS君の告白を聞くことにした。
「俺が好きな人はIさん」
S君の告白を受け、私は「ありがとう」と言ってしまった。というかその言葉しか用意してなかったのだ。
Iさんはピアノの上手な優等生で、学芸会では働きバチの役だった。
キョトンとしたS君に、私は慌てて「マーヤとして、同じミツバチのIさんを好きになってくれてどうもありがとう」と支離滅裂な感謝を述べて誤魔化した。
S君が私の勘違いに気づいたかは分からない。だけどそれ以降、ちょっとだけS君と気まずくなったのだった。