広辞苑には無数の言葉が溢れている。その中には、誰しもが抱える情けない過去や恥ずかしい思い出が蘇る言葉が沢山閉じ込められている。私はそんな言葉たちを探して切り絵を施し、過去の自分と向き合っている。消し去りたかった記憶も、大人になってから友人に話すことで「切ないねー」と笑ってもらえる。そこでようやく当時の私は救われるのだ。皆様にも、この作品達のように切なく笑って読んでいただけたら嬉しく思う。
《夜遊び》
20歳の頃、大学の友人に誘われて初めてクラブに行くことになった。クラブと言えばDRUG&SEXといった怖いイメージしかなかったが、彼女ともっと仲良くなりたかったので、何事も経験……と行くことにした。
しかし私はクラブに着て行く服を持ち合わせていなかった。自分の持っている中で最も派手な古着のワンピースにカラータイツといった出で立ちで向かうと、ショートパンツに銀色のロングブーツを履いた友人がサングラスをかけて待っていた。瞬時に自分の場違いさに気づいたが、彼女は気にしない様子で行きつけのクラブに案内してくれた。
重低音が鳴り響く店内で、彼女は次々と仲間を紹介してくれた。カメラマンやデザイナーといった華やかな肩書きの中に大学生もいた。彼は学生なのに名刺を持っていて、「こういう所に来るなら君も作った方が良いよ」と名刺を指と指の間に挟んで渡してくれた。
その後、友人と一緒にフロアに降りたが、自然と踊り出す友人の横で私は体が硬直してしまった。音に合わせて自由に踊るという文化が私にはなかったのだ。手を上げ下げする友人を見て「EXILEがよくやるやつ!」と興奮したが、私にはその動きがどうしても出来なかった。
そそくさとフロアの隅っこに退散するも、スピーカーの真ん前だったため振動で耳クソが出て来たら……と不安になった。耳の中に指を入れては確認するという行為を繰り返し、時が過ぎるのを待った。
明け方になり席に戻ると、友人とデザイナーがキスをしていた。しばらく眺めていると、先ほどの名刺の大学生がフリスクをくれた。今思えば一人ぼっちの私を気遣っての優しさだったのだろう。だけどその親切心を私は「変なクスリかもしれない」と疑い、そっと床に捨てた。
青臭い自意識が邪魔をした不憫な一夜の思い出である。